スクロールで流れるタイムラインには、氾濫する文字数。
目についた画像に「いいね」をするルーティーン。
目を留めたのは、11文字の発言だった。
思い出の靴は何ですか?
「いいね」の真上で親指が止まる。
一旦、呼吸を整えて、我が家の靴棚のことを考える。
・傷だらけのオールデン
・初めてのストレートチップ
・妻からもらった美しい靴
どれだって、自分の足と歩んできた「足跡そのもの」だ。
その中から、選ぶとすれば…
ふと、思い付きで
「所有する靴でないとダメですか?」
なんてコメントしようと思ったけれども、やめた。
他のコメントでは、各人の名靴が挙げられている。
その人の「足跡」「思い」「記念」として。
そこに水を差すようなコメントをわざわざするようなこともない。
スマホを閉じ、僕の昼休みは終えた。
仕事に戻らなければならなかった。
思い出の靴は何ですか?
その質問に答えるなら、「買わなかったあの靴」だ。
何年か前、僕が靴にそこまで夢中になってなかった頃。
雑誌で「革靴はローテーションを組まなくてはいけない」なんて文言を見た。
…ことがたぶん、きっかけで2足目の革靴を探しに出た。
ちなみに、一足目はREGALのプレーントゥ。
祖母が就職祝いに買ってくれたものだ。
「この靴が、履けなくなるころには、ワタシはもうおらん。大事にせいよ。形見になるかもしれん」
なんて言って。
そんな祖母は、数年前履きつぶしてしまったこの靴を見て
「ぼろぼろの靴だね。また買ったんか?」
なんて、言っていた。煙草をふかしながら。
そんな未来が待ち受けているなんて知らないREGALを履いて、靴を探しに行ったのは地元の個人セレクトショップ。
センスが良くて、いついってもおもしろいお店だった。
…当時は「高い服売ってんだから、いい靴もあんだろ」みたいな感覚で。
そんな感覚で訪問しているからか、ドアを開ける手も緊張していたと思う。
白を基調とした店内が、光の反射でまぶしくて、なにか照れ臭い。
靴を買いに行って「照れ臭い」なんて今はもう感じないのに…感じないからこういった気持ちは覚えているのかもしれない。
「久しぶりだね」
男の店員さんはひと回り年上らしい。
以前に、訪問した時に教えてくれた。見た目は若いし、そんな風には見えなかったんだけど。
「はぁ」とも「はぃ」とも言えないようなあいまいな返事をして、言う。
「革靴ってありますかね」
これだけのことを言うのにも、なにか恥ずかしかったのだから当時の自分がいかに「靴を買う」ことに慣れていなかったのかよくわかる。
店員さんも、プロだし、色々と察してくれていたのだろう。
「どんな靴?」
「サイズは?」
「どうして買いに来たの?」
なんて、1問1答形式で、話を進めてくれた。
持ってきてもらった候補の詳細はさすがに覚えていないけれど、結構いろいろあったと思う。
日本の服飾ブランドのオリジナルから、英国靴。
色々試したけれど、どうしたらいいのかなんてよくわからなかった。
でも、ひとつだけ輝いていたのは「店員さんの足元」だった。
「その、履いてるやつは?」
「あぁ、これはオールデン」
「知ってます。コードバンのやつが有名ですよね」
「そうだね、これはウチで取り扱ってないんだけど…」
店員さんの顔は何かを思い出しているようだった。
「これは、僕がこのお店に立つことになった…10年位前かな?気持ちの変化があって買ったんだ。
その当時は、スニーカーばかり履いてたんだけど、オーナーが『革靴も売るんだからなにか履け』っていってね。
どうせなら、長く履けて、自分とともに育つ「一足」を...ってね。
話してて、そっかもうそんなに経つのかって思ったよ」
笑いながら話す店員さんも、その足元で鈍く光るオールデンもカッコよかった。
「いい、ですね、そういうの。10年後にそういった靴履いてたいですし、少なくとも出会ってたいです」
「そうか、そういうポイントなら…」
「これは丈夫だよ。たぶん、長く長く相棒になってくれると思う。」
店員さんがもってきてくれたのは、想像していたタイプの靴じゃなかった。
僕が想像する「革靴」というのはもっと、スーツに合わせるような、ドレッシーなものだったから。
「なんていう、靴なんですか?」
「PARABOOT のミカエル」
それが、ミカエルを始めてみた瞬間だった。
すごく重そう。
女子っぽい。
「この靴はノルウェイジャンウェルテッド製法という、製法で…」
店員さんは、ミカエルについていろいろと教えてくれた。
チロリアンの雰囲気はなんとなく「森ガール」という当時でも死語だったファッション用語を想起させたし、ごついラバーはなにか想像以上のインパクトで僕を圧倒した。
白く、陽光の入る店内。
おしゃれな店員さんの、商品の魅力を語る言葉。
その手にある存在感あるリスレザーの靴。
徐々に気になり始めていた。
「試着する?」
店員さんの後押しに、「はい」と答えていた。
ドキドキしたことも覚えているし、その時にいた別の女性の店員さんや男性の客がシャンボードを履いていた映像も脳に浮かぶ。
ある瞬間というのは人は忘れられないし、その後の記憶の反芻で強化されていくのだろう。
フィット感は上々。
2ホールなのに以外。
ラバーの柔らかさはは歩きやすく、気持ちがいい。
…いい。
「10年、持ちそうでしょ」
店員さんの表情も「自信がある」という感じだった。
そこで僕とミカエルの10年計画が始まれば劇的だったのだけれど、そうはいかなかった。
「自信がない」のは僕だった。
ミカエルの「カジュアル」を前面に前に出したデザインを、「かわいい」と思える見た目を30代半ばまで魅力と思えるのだろうか。
当時「正統派」と感じていた、いわゆる英国靴や、店員さんのオールデン、それらとはちがう独特の靴。
今思えば、「杞憂に終わる」だろうが「自分の意志」に自信がなかったのだ。
そして、その数日後、別の靴との出会いがあり、ミカエルとは距離を置いてしまった。
その後、まずその店員さんが独立し、いなくなった。
次に、そのお店がパラブーツを置かなくなった。
最後に、そのお店もなくなった。
10年はたってないけどそれなりの時間...7年がたった。
僕は仕事も変わり、結婚もし、子供もできた。
その間に、いろいろな靴を買った。
昔ほど「ドレッシー」なものだけでなく、カジュアルな靴も手にしたし
オールデンのコードバンも、ビスポークも。
仕事が終わり、さっきの質問を探す。
だれかが「ミカエル」と答えていないだろうか。
答えていたらどうなのだろうか。
靴に恋をしているみたい
自分でも笑ってしまうような表現だなとおもう。
7年は無理でも、数時間、タイムラインをさかのぼれば、質問は出てくる。
思い出の靴は何ですか?
質問に返答はしない。
家に帰って、Blogにでも書いておこうと思った。
10年後にそういった靴履いていたいですし、少なくとも出会っていたいです。
10-7=3
こじつけだが、残り3カウント。
カウントダウンにはちょうどいい数字かもしれない。
探してみよう、と思う。